第1話:焚き火の向こう側
ダンジョン化した「サーカス跡地」の調査依頼。掲示板を見て集まっただけの、即席の4人だ。 ダンジョン前で初めて顔を合わせ、互いの名前さえろくに聞かぬまま、自分たちは死地へ足を踏み入れた。
大盾を構える自分。 背に弓を背負い、腰には双剣を帯びたシーフの少女。 深手を癒やすヒーラー。 そして、高位の魔術を操る黒魔術師。
最初は、混乱そのものだった。 連携などあるはずもない。背後から魔術が放たれたかと思えば、少女の放つ矢と自分の盾が射線を塞ぎ、黒魔術師が苛立ちを隠せない。 自分は、盾で敵を塞き止めながら、ダンジョン中に仕掛けられた罠の解除にまで手を取られ、すでに心身共に限界を迎えていた。 あまりにも稚拙な連携。自分の動きに合わせようとせず、勝手な行動で隊列を乱す彼らを見ていると、腹の底から黒い感情がせり上がる。これはもはや、無責任という名の仕事放棄だ。
自分はこれまで、「ヌーブ」と罵られ続けてきた。 「無能」「初心者」「恥知らず」。どれほど理不尽な汚名を着せられても、自分は黙々と盾を構え、最低限の攻略を成し遂げてきた。その自分から見れば、彼らの連携の欠如は、命を捨てているも同然の愚行にしか見えない。彼らの無責任な振る舞いが、自分の目的である地図完成の障害になることが、何よりも許せなかった。
今、自分たちは焚き火を囲んでいる。 ここでの時間は、唯一の聖域だ。自分は手持ちの「護符」を静かに火に放り込んだ。燃え上がる護符が、ダンジョンの淀んだ空気を焼き払い、微かな温もりと「加護」を自分たちの体に纏わせる。 自分は、ただひたすらに盾を磨き、明日へ向けて気を張り詰めるだけだ。この先へ進み、見たことのない景色をこの目で描き、自分の地図を埋める。そのためには、ここで死ぬわけにはいかない。
焚き火の向こうで、シーフが持参したミルクをコーヒーに注ぎ、丁寧にカフェオレを淹れている。 彼女の手つきは、この殺伐としたダンジョンの中で、あまりにも異質だ。彼女にとってのカフェオレは、この死の淵における唯一の安らぎであり、少女という人間を象徴する、暖かな光そのものだった。 黒魔術師とヒーラーが疲弊して眠りにつく中、彼女だけが、その火越しに自分を見つめている。 「……飲む? 少し余ったの」 彼女が差し出してくれたカップから、甘く柔らかな香りが漂う。自分は無言でそれを受け取った。
自分には、今は名乗る名前すらもない。ただの「ヌーブ」。 この少女の存在も、今の自分にとっては単なる「攻略のための駒」だ。 それなのに、彼女が淹れたこのカフェオレの香りを漂わせる空間で、不思議と呼吸が整う。 あれほど混乱していた即席の道が、ただ自分の地図を完成させるための通り道として、ようやく機能し始めた。
焚き火の火が、最後の一枚の護符を飲み込み、煙となって消える。 自分はまた、新しいMAPを広げた。今日は、まだ何も描き込めていない、真っ白なページだ。 明日は、ここから先へ進む。 彼女を利用し、この狂った空間を抜け出す。ただそれだけだ。 自分が見たかった景色を、自分の手で描き足すために。 自分を無能と罵る者たちを横目に、自分はただ、自分の地図を完成させることだけを考えていた。