第81話:重責の果ての福音
インクや紙の業者選別、そしてホログラム活用の提案は、見事に部会を二分した。
結果として、「既存の専任業者は外すことはできない」という強い条件のもと、「特殊インクの使用は認める」「ホログラムを活用しても良い」という様々な制約がつけられたが、最終的にはこちらの意向が通った形になった。
行政としても、委員会としても、保守的な顔をしながらも本当は新たな風を欲しがっていたに他ならない。それをこちらが自費でやってくれるというのなら、彼らにとっては万々歳といったところなのだろう。
オウルの制作した陶器販売も順調に進んでいる。
これらは確かに、今の自分にとっての成功体験であり、ギルドとしての新たな方向性となりつつあった。ヤガミが求めていたビジネスとしての確かな一歩だ。
しかし、全く気持ちは晴れなかった。
黒紋塔へ向かったメンバーが戻らなかったあの日から、すでに2週間が経っていたのだ。
事態は、すでに最悪の事故処理へと発展しつつある。
莫大な費用をかけて派遣した救助隊の第一陣は最上層まで行き、すでに帰還している。だが、誰一人発見できないままだった。
最終的な責任は、ギルドマスターである自分が取る。部会も、すでにそれを落とし所にしようとしている空気があった。特例として、自分の任期の短縮も水面下で動いているらしい。
気分が晴れないまま、それでもギルドマスターとしての職務は続く。
シンボルとして用意したはずの盾が、今はただただ重くのしかかり、気づけばため息ばかりが漏れていた。
机の上で順調な数字を叩き出す事業の記録は、同時に、自分にもう二度と冒険者には戻れないという未来を予見させていた。
自室で一人、部屋の隅に置かれた黒い盾を見つめる。
目を閉じると、鮮明に思い出す。あの迷いのない、力強い双剣が風を切る音が、脳裏に呼び起こされる。
彼女にもう、二度と会えないのだろうか。
自分はここで、一体何をしているのか。このままで良いのだろうか。
思考は堂々巡りを続けるが、答えはどこにもない。
ただ待つことしかできず、ひたすらに事務処理と交渉に追われ、最後には責任をとって消えるだけの存在。
これが、ギルドマスターの責務というものなのだろうか。
「マスターーー!!!!」
ふいに、廊下からヤガミが大声で叫びながら、文字通り部屋へ転がり込んできた。
常に冷静で合理的な彼からは想像もつかないような、ひどく取り乱した様子だった。
「はぁ……はぁ……っ! いいですか、落ち着いて聞いてください……!」
肩で大きく息をしながら、ヤガミが叫ぶように告げた。
「意識はないものの……全員、先ほど救助されました!! 急いで診療所まできてください!!」
時が止まったかのように、頭が真っ白になった。
ただ、その言葉だけが、深く沈んでいた暗闇の底に差し込んだ強烈な光のように、自分を貫いた。
それは間違いなく、福音であった。