第4話:最深部へ
 限界だ。 盾が、悲鳴を上げている。迷宮の圧力を受け流すたびに、素材が軋む音が頭蓋に響く。 だが、この無様で古びた盾を構え続けることだけが、今の自分に残された唯一の生存戦略だ。  「……右、来るよ」 背後から、少女の冷静な声。彼女は自分が動くより一瞬早く、歪みの兆候を察知している。 黒魔術師は恐怖で立ちすくみ、ヒーラーは自分の体力が減るたびに悲鳴を上げている。無能だ。連携など期待していない。彼らが邪魔にならない位置で震えている間に、自分は迷宮の「歪み」の法則を、盾の軋む音と震動で解明する。  盾の一撃。敵の重心が崩れる。 その瞬間、少女の双剣が光のように走り、心臓を貫く。 言葉は不要だ。彼女は自分の地図を完成させるための、最も鋭利な刃。自分は彼女の背中を、この迷宮の最深部へと運ぶための、壊れかけの盾だ。  「……残り、少しだ」  少女がいつものように、水筒に残っていた最後のミルクを、冷めかけたコーヒーに注ぐ。 あの甘い香りが漂うと、殺伐とした深部に、そこだけ時間が止まったような静寂が訪れる。彼女の淹れるカフェオレは、このダンジョンにおいて唯一、毒にも薬にもならない安らぎだ。 自分は無言でそれを受け取り、一気に飲み干す。苦味と甘みが喉を通り、戦いの昂揚感を冷ます。  「……自分たちは、ここを抜ける」  「……そうね。」  初めて、彼女と会話らしい会話をした気がした。 名前も知らない。素性も知らない。ただ、利害が一致し、互いの役割を理解しているだけの関係。 彼女は自分の安物の装備に価値を見出し、自分は彼女の冷徹な技術を地図に書き込む。  奥から、迷宮の主である「道化師」の笑い声が響いてくる。 空間が歪み、世界が反転する。 自分は盾を構え直した。この先にある景色こそが、自分がここに来た理由だ。  少女の双剣が鳴る。 自分は笑った。この泥臭い装備で、迷宮のすべてを焼き尽くしてやる。 地図が完成するまで、まだ終わらせはしない。