第21話:鳴り止まない鼓動と、七日間の自責
 【野獣の森】の瘴気は、先ほどまでとは比較にならないほど濃くなっていた。  ここが王国首都の入り口を守るダンジョンだということを、肌が、本能が、悲鳴を上げて理解している。  「見て、ナノ。この木々の配置……魔法陣の基点になっているわ。これを読み解けば、森の深淵への最短ルートが見えてくる」  ダラーは楽しそうに笑い、茂みをかき分けて進んでいく。彼女の瞳には確かな希望があった。この森を越え、その先にある都会へ――自分を連れて行くための、これは大切な「慣らし」なのだと、彼女は最初からそう信じていた。  自分は、その背中を追いかけようとして――足が、動かなくなった。  握りしめた槍が、まるで重い枷のように手首に食い込む。  目の前に広がる森の深淵。そして、その先にある「都会」という未知の濁流。ダラーは、自分という臆病な人間を、なんとか外の世界へ引き上げようと手を引いてくれている。彼女が自分のために準備してくれたこの視察が、どれほど貴重なものか。  しかし、自分にはその期待に応えるだけの強さがなかった。  「……ここから先は、無理だ。行けない」  地に膝をついた自分を見て、ダラーは溜息一つ漏らさず、ただ静かに頷いた。彼女の表情に失望の色はない。ただ、静かな慈しみがそこにあるだけだった。  「……帰りましょう。視察はここまでよ」  森を撤退する道中、ダラーは一言も自分を責めなかった。  地方都市への帰路、ゆれる馬車の中で、ダラーはいつも通り器用にコーヒーを淹れる。香ばしい香りが漂うたび、自分は槍を握る手を強く噛み締めた。  (自分は、なんてダメなんだ……)  彼女は、自分を「都会」という広い世界で生きられるようにと、ここまで連れてきてくれた。彼女にとってこの視察は、自分を外の世界へ導くための大切なプロセスだったはずなのに。それを、自分は勝手な恐怖で台無しにした。  彼女の瞳は、いつも自分の先にある都会を見つめているけれど、その瞳の端には、いつも自分という存在があった。連れて行こうとしてくれていた彼女の優しさが、今はただ、自分の中で重たい引け目となって積み重なっていく。  7日目の夜、見慣れた部屋へ帰還する。  ダラーは何も言わずに淹れたてのコーヒーをテーブルに置く。湯気が静かに立ち上る中、彼女は自分の顔も見ずに杖の手入れを始めた。  自分は、槍を握る力を失い、震える手を見つめている。  彼女は「待ってくれている」のだ。自分があの森の恐怖を克服し、彼女の隣へ追いついてくるのを。その変わらない慈しみが、自分自身を卑下する心をこれ以上なく深くえぐり、壊していった。