第35話:拾った刃、高鳴る鼓動
 ――人が変わったかのようだった。  サーカス団跡地の薄暗い通路を進むミリの背中を見つめながら、メーヴェは息を呑んでいた。 昨夜までの悲壮感や、かつての傲慢さは微塵もない。今の彼の進行は、極めて丁寧で、それでいて容赦のない「攻め」に満ちていた。  「右、右、左」  リズムよく繰り出される剣と盾が、確実に道を作っていく。敵と接触した瞬間、ミリは流れるような動作で身をひるがえし、敵の背後へと回り込んで鋭い一撃を突き刺した。  (これが……この男の、本来の姿なのね)  元タンクであるメーヴェの目から見ても、その立ち回りは見事だった。 黒魔術師とヒーラーを欠き、たった二人で挑むという無謀極まりない今回の調査。突入前は五分五分だと思っていた踏破の成功確率は、ミリの圧倒的な安定感を前に、今や八割にまで跳ね上がっていた。  「いけそうね、ミリ」  口元から、思わず確信の笑顔がこぼれる。 と同時に、奇妙な好奇心が胸を突き上げていた。なぜこれほどの技量を持つタンクが、名前を捨て、泥をすするような真似をして一人でくすぶっていたのか。  「おもしろい落とし物を見つけちゃったわね……」  メーヴェは心の中で呟く。今の私はシーフだ。他人の目を盗み、価値あるものを掠め取るのが生業の私が、この「ミリ」という薄汚れた宝を拾い上げてみるのも悪くない。  私は元々、一箇所に留まれない根無し草だった。 遙か西の国に生まれ、いくつものパーティーを渡り歩き、噂話を収集し、いくつもの地域を旅してきた。私が人生に求めるものは、ただ一つ。「面白いモノ」だけだ。今回のサーカス団跡地の依頼だって、ただの退屈しのぎ、観光ついでの小遣い稼ぎ、いわば暇つぶしに過ぎなかった。まさか、こんな地方都市の廃墟で、これほど心を揺さぶられる男に出会うなんて思ってもみなかった。  脳裏に、遠い空に浮かぶ巨大な影がよぎる。  ――飛行艇「ライオハルツ」。 都市伝説とされる、あの誰もが忌避する呪いのダンジョン。  この地に来た時、観光ついでに寄れれば良いと思っていた。それを踏破できるかもしれない。  (この男を連れて……あのダンジョンに挑んでみても、面白いかもしれない)  先のことで、これほどまでに胸が激しく高鳴るのは一体いつぶりだろう。 メーヴェは愛用の短剣を強く握り直し、頼もしい相棒の背中を追って、サーカス団跡地のさらなる深淵へと鮮やかに滑り込んだ。