第19話:完成と欠落
 ついに、それは完成した。 墓地で過ごした数えきれない時間。二人で練り上げた膨大な戦術と育成の記録。それが一冊の書物として束ねられた。  ダラーはその原稿を机に広げると、まるで何年も待ちわびていた宝物を見つけたかのように瞳を輝かせた。「見て、ナノ。完璧だわ。これこそが、私たちの証明よ」 彼女の無邪気ですらある高揚感に、自分はただ圧倒されていた。ダラーをここまで喜ばせたという事実は、自分の胸の奥に熱い塊となって沈む。  けれど、封筒が都会に住む彼女の父の元へ送られた後、自分の中には言葉にできない冷たい澱みが残っていた。  自分は、何者なのだろうか。 槍を振るう戦士として見れば、器用貧乏な域を出ない。バッファーとして見れば、彼女の理(ことわり)をただなぞるだけの追従者に過ぎない。絵描きとして見れば、その図解はあくまで彼女の言葉を借りた借り物に過ぎない。  すべてにおいて、中途半端だ。 彼女の隣に立ち、彼女の理論の深淵を支えるには、今の自分はあまりにも脆く、あまりにも底が浅い。そう思えてならないのだ。 「これで良かったのだろうか」 そんな疑問が、焚火の消えた後の灰のように心にこびりつく。今の自分は、本当に彼女の隣に立つ資格があるのか。彼女が目指す高みへ続く道に、自分のような半端な駒を置いていていいのか。  達成感などという言葉は、自分には縁がない。 自分にとっての「完成」とは、ただ彼女の要求を形にすることであり、その形は常に、今の自分ができる最高の限界を突き抜けていなければならない。しかし、今の自分にその実力はない。今の自分は、彼女にとっての最適解ではない。  ダラーは満足げだ。しかし、自分の眼は、すでに本の中に閉じ込められた図解の「欠陥」を見つけてしまっている。 自分の技術が、彼女の理論の深淵に追いついていない。このままではいつか、彼女にとって自分はただの足枷になる。その恐怖が、指先を震わせる。  都会からの反応、彼女の父からの反応は、まだない。 けれど自分は、すでに次のペンを手に取っている。 ダラーの理論をより正確に、より美しく、今度こそ完璧に描くために。彼女が次に何を求めても、もっと深く、もっと鋭く世界を解剖できるように。 自分はただ、彼女の思考の先を待ちわびるのみだ。この墓地で、中途半端な自分を殺し、彼女にふさわしい「完璧な一部」に作り替えるために。ここで何度でも、何度でも描き直すために。