第38話:冷たい精算と、海風の食卓
 「ずいぶん遅い調査だったな。……それで、ダンジョン化した跡地はどうなっていた?」  行政の人間と思われる依頼主は、机にふんぞり返ったまま事務的な声で尋ねてきた。  自分は無言でスケッチブックから真新しい地図を切り離し、机の上に広げる。最深部の構造、道化師の行動パターン、空間の歪み。それらを事細かに報告し、そして最後に――無謀な突入で、二人の仲間の命が失われた事実を淡々と告げた。  依頼主は地図の精巧さに一瞬だけ眉を上げたが、仲間の死については全く関心を示さなかった。  「二人で済んだなら安いもんだ。遺族への連絡はこちらでやっておく。もういいぞ、ご苦労」  無造作に、二つの報酬袋が机の上に放り投げられた。  これが、命の値段。行政にとって冒険者など、ただの安上がりな消耗品に過ぎないという冷酷な現実だった。  隣でつまらなそうな顔をしてやり取りを聞いていたメーヴェが、すかさず手を伸ばし、自分の分の報酬袋まで一緒に掴み取った。  「約束だからね」  ジャラリ、と金貨の音を鳴らしながら、彼女は悪びれずに言った。自分は黙って頷く。命を繋ぎ、因縁を終わらせてくれた彼女への負債だ。惜しいとは思わなかった。  重苦しい役所を出ると、空はすっかり夕暮れの色に染まっていた。  「でも、今晩はあたしがご馳走してあげるわよ」  メーヴェが背伸びをしながら、空気を変えるように明るい声を上げる。  「ねぇ、この街は何が有名? 牛の舌はもう食べたし、他にもある?」  「……かまぼこが有名だな。あとは、岩牡蠣とか」  自分は記憶の糸をたぐり寄せながら、なんとか地元の情報を捻り出した。かつての相棒だったダラーは極端な倹約家であり、少しでも資金を浮かせるために外食などほとんどしなかった。そのため、長くこの街の近くに住んでいながら、周辺の飲食店についての知識は乏しかった。  「たしかに、海まで数時間ってとこだもんね。海鮮かー!」  メーヴェはパァッと表情を輝かせた。  「じゃあ、今日は海鮮をご馳走してあげるわ。地酒もあればいいわね。そこで、ライオハルツ行きの計画を練るの。どう? 楽しみでしょ?」  夕焼けに照らされた彼女の無邪気な笑顔を見つめながら、自分は「ああ」と短く頷いた。  背中の大盾は重く、失った仲間の記憶が完全に消え去ることはない。  それでも、目の前の彼女への借りを返し、誰も見たことのない「墜落した飛空艇」という新たな景色を描きに行けるのなら。  冷たい海風の混じる街の匂いを感じながら、自分はそれも良いことだと、静かに歩き出した。