第34話:二人の盾、不屈の計算
夜が明け切る前、薄暗い空気の中でメーヴェは地面に広げた地図を指先で強く叩いた。
「再確認よ」
彼女の鋭い眼差しが、仲間を失ったサーカス団跡地の、その最深部を捉える。
「敵との戦闘は最小限。何せ、今の私たちは二人だけなんだから。……それと、覚えてるでしょ、ミリ。あたしへの負債額。この依頼を達成したら、報酬は全部あたしが貰うわよ」
自分は何も言わず、ただ黙って頷いた。 今の自分にとって、金貨の数などどうでもよかった。メーヴェに背負わされた負債を返すこと、そして生きてこの因縁の舞台を精算すること――それだけが、今の自分を動かす全てだったから。
「最深部の『道化師』の行動パターンは頭に入れたわ。今回は、スイッチしながらヘイトをコントロールする。元回避型タンクのあたしと、攻撃型タンクのミリ。二人で交互に敵の攻撃を引き受けて、リソースを効率よく消費していけば、先に相手が倒れる。どう? 二人でもいけそうでしょ?」
メーヴェはいつの間にか仕入れていた色とり切りのPOT瓶を地面にいくつも並べ、慣れた手つきで生命リソースの計算式を弾いていた。彼女のその現実的で、かつ冷徹なまでの計算高さが、死地を前にした私の強張った心を不思議と落ち着かせていく。
「わかった。それでいこう」
自分は短く応えた。
胸の奥で、かつて騎士団墓地で私を何度も怒鳴りつけた、あの熟練のガンナーの声が鮮明に蘇る。
『お前はヌーブだ。名前なんて捨てろ。初心者であることを忘れるな。そうすれば全員が生き残れる。調子に乗った時が、すべてが終わる時だ。わかったな!』
そうだ。自分は、かつてほんの少しの成功で慢心し、戦場を支配していると錯覚し、仲間を全滅させた愚かな初心者(ヌーブ)だ。その事実を、今一度、魂の奥底に刻み込まなければならない。
傲慢だった自分は、あの日に死んだ。今の自分は、ただ目の前の命を守るためだけに泥を這う「ミリ」に過ぎない。調子に乗れば、また全てを失う。だからこそ、初心者としての恐怖と慎重さを忘れてはならないのだ。
「よし。じゃあ行きましょうか、ミリ」
メーヴェが立ち上がり、腰の獲物に手をかける。 新しく手に入れた大盾のグリップを、今一度強く握り直した。
もう、あの日のような過ちは犯さない。 かつてのガンナーの怒号を盾の裏に響かせながら、メーヴェと共に、あの日すべてを失った絶望の舞台へと、静かに足を一歩踏み出した。