第74話:残される者の不安と、ミリオンダラーの次の一手
「オウル氏の作られたあの陶芸品ですが、テスト販売した10点中8点がすでに売れています。口コミも上々ですよ。『手作り感がよい』と。底面にあったピンホールーーいわゆる製造上の欠陥ですが、これを逆に『世界に一つの希少性』として受け入れるように顧客の認知をリフレーミングしたのが効きましたね。購入していく層のペルソナは、主に観光客です。オウル氏からは何か言われましたか?」
ヤガミが手元の資料をこちらに見せながら、何だか難しい専門用語を並べて報告してきた。
「まぁ、喜んではいたよ。半信半疑だったんだろう。あんな手作りの品が、本当に売れるとは思っていなかったみたいだ」
窓の外から視線を外さず、自分は短く答えた。
「それもこれも、マスターの宣伝効果……いわゆるコンテキスト効果としておきましょうか。実際、良いと思いますよ。このフライヤー。
……どうやらマスターは、心ここにあらずのようですがね」
図星だった。
自分は再び、ぼーっと窓の外の景色ーー首都の東にそびえる白い巨塔の方を見ていた。
今、うちのギルドのメンバーがあの『黒紋塔』に挑戦している。自分がこうして安全な机に向かっているこの瞬間も、命を懸けているのだ。
残される側、待つことしかできない側の気持ちとは、こんなにも不安なものなのか。
「オウル氏から、黒紋塔について何か言われましたか?」
ヤガミの問いに、自分は窓枠に寄りかかりながら答える。
「……砂漠、雪山、鉱山、密林。階層毎に景色が完全に変わる、異次元のダンジョンらしい。投資対象としてはリスクが高すぎると言っていたよ」
「なるほど、投資対象ですか」
ヤガミも窓から身を乗り出し、自分と同じように塔のシルエットを見つめた。
「投資家としては、不確実性を嫌って当然でしょうね。投下したリソース以上の短期的な利益が見込めないと。しかし、我々が真に獲得すべきは、市場における決定的な『持続的競争優位』……すなわち、黒紋塔踏破の称号です」
「……踏破なんて、それがそんなに必要なのか? 全員を危険にさらしてまで?」
自分は思わず振り返り、少し声を荒らげてしまった。
「どのダンジョンだって危険、という前提はありますが……最高難度を攻略したとなれば話は別です」
ヤガミは眼鏡のブリッジを静かに押し上げ、冷徹な目で自分を見た。
「首都最高峰をクリアできるメンバー。それは、ギルド内に優秀な『高度人材』が揃っているという、我がギルドの将来性の証明になります。つまり、『ミリオンダラー』であるマスターという看板。そして、それを支える強固な組織力。この2つが揃うことで、エターナルカルテットは周囲から『一発屋のベンチャー』として見られることがなくなります。マスター個人の才覚に依存するリスクを解消し、文字通り、永遠となるわけです」
「自分に依存しているという感覚が、そもそもわからないんだけどな……」
正直な本音だった。自分はただ、みんなの居場所を守るために、必死で計算したり絵を描いたりしているだけだ。
「当事者としてはそうでしょうね。ですがマスター、あなたは看板です。オウル氏が議会の案件をうちに依頼した背景もそこにあります。そして見事にテスト販売で結果を出した。ミリオンダラーは、まぐれでは無かったワケです」
自分は腕を組み、口を閉ざした。ヤガミの言うことはもっともらしく聞こえるけれど、どうしても腹落ちはしていない。
「……メーヴェさんが、おそらく一番気にしていますよ」
ヤガミがふと、声のトーンを落とした。
「マスター、あなたに全てを背負わせていると。だから、彼女は攻略したいのです。あなたと並び立ちたいと考えている。双璧をなす存在としてね」
ヤガミは薄く笑みを浮かべた。
「……土産ばなし、楽しみでしょう?」
ハッとしてヤガミを見た。
やはりこの男、メーヴェの資料にあった文章を完全に把握していたらしい。その上で、すべてを知りながら彼女たちを泳がせ、送り出したのだ。
「マスター。あなたにはあなたにしかできないことがある。オウル氏の依頼には成果を出した。次は議会で結果を出すのです。例のスポーツフェス広報の件ですよ」
「……そういわれてもな」
自分はデスクに戻り、手元のラフに目を落とした。すでに10を越えたデザイン案。どれも悪くはないけれど、決定打に欠ける。議会の大人たちを納得させるほどの、たしかな自信が欲しかった。
「紙と特殊インクについてはご安心を。既に私の方で手配しています」
「……行政お抱えの発注先がいるんじゃなかったか?」
「それでは焼き直しにしかなりませんからね。マスター、何か腹案があるのでしょう?」
ヤガミが、自分の描いたラフの一つを指さした。
自分は、ずっと頭の中で考えていた、常識外れのアイデアを口にした。
「まぁ……ホログラムが使えればとは考えているよ」
「素晴らしい。それが実装可能な業者を既に押さえています」
ヤガミの即答に、自分は目を丸くした。
「……前例がないぞ。部会が受け入れるわけがない」
「『前例がない』からこそ、既存の競合を駆逐する『破壊的イノベーション』になり得るのです。それができるのは、新参のミリオンダラーだけですよ」
ヤガミは不敵に、ニヤリと笑った。
自分は、手元のラフにじっと視線を落とした。
ヤガミの難しい理屈はよくわからない。けれど、前線の仲間たちが命を懸けて戦っているなら、自分もここで、誰も見たことがないようなものを作って応えるしかない。
残された者の戦いが、ここにある。