第55話:八度目の死線、執念のドロップ
この絶望的な槍の猛攻をくぐり抜けるのも、これで一体何度目になるのだろうか。
メーヴェとぴたりと肩を並べ、互いの呼吸を完全に同調させて前へ進む。 相手の絶対領域である「3メートルの死地」。そこを、焦ることなく一歩ずつ確実な足取りで侵略していく。 相手の肩口のわずかな動きを見るだけで、次にその凶悪な槍がどこへ突き出されるのか、手に取るように予測できるようになっていた。
――これで、8回目の挑戦。
かつては速すぎて何も見えず、ただ死の恐怖に震えるしかなかったあの高速の一撃に、自分の目はすっかり慣れきっていた。
「シッ!」
メーヴェが鋭い呼気とともに踏み込み、双剣で騎士団長の巨大な盾を激しく弾き飛ばす。彼女はその弾いた衝撃を支点にして空中で軽やかに回転し、相手のさらに内側へと深く潜り込んだ。 その連撃によってわずかに生まれた隙間へ、自分も身体をねじ込むようにして入り込み、大盾で押し込みながら渾身の力で斬りつけていく。
メーヴェがどう動くか。自分がどう合わせるべきか。 もはや言葉など一切交わさずとも、瞬時に最適な決断を下せるようになっていた。
そして、騎士団長が苛立ち紛れに大振りの一撃を放とうとした、その瞬間。
「もらったわ!!」
相手の動きに完璧に合わせたメーヴェが、バネのように高く飛び上がり、双剣を交差させて亡霊の首を綺麗に刎ね飛ばした。
ズズンッ……!
巨体が崩れ落ち、どす黒い闇がサラサラと光の粒子に変わって消えていく。 その光の跡に、ぽつんと一つ――。
「ミリ、やったわ!!」
メーヴェの歓喜の声がホールに響き渡った。 そこには、あの砕け散ったはずの黒い鋼鉄の塊、因縁の「大盾」が確かに残されていた。
「ついに……」
自分はゆっくりと歩み寄り、その懐かしい大盾の冷たい感触を確かめるように手に取った。あの20%の確率に泣き、粉々に砕け散った苦労の結晶が、再び自分の手の中に戻ってきたのだ。
「さぁ、これで準備は万端よ。街に戻りましょうか」 メーヴェが満足げに頷き、ふと思い出したように言葉を続ける。 「……でも、これから2人で荷造りをしてとなると、首都でツツジたちと約束した『1ヶ月』は少し過ぎちゃうわね」
メーヴェはぺろっと悪戯っぽく舌を出した。 そんな彼女の顔を見て、自分はたまらなくなり、深く頭を下げた。
「メーヴェ……本当に、ありがとう」
何の得もないこの過酷な周回に、文句一つ言わずに8回も付き合ってくれた。彼女がいなければ、自分はとっくに心が折れていたはずだ。
「……ちょっと、いいから頭上げなさいよ」 メーヴェは少し照れくさそうに手を振り、そっぽを向いた。 「次こそは絶対に強化を成功させるわよ。さて、荷造りも手伝ってあげるから、早く帰りましょ。言っておくけど、部屋に悪趣味な家具があったら迷わず捨てるからね」
軽口を叩きながら歩き出すメーヴェの背中を、自分は微かな笑みを浮かべて見つめた。
慣れ親しんだ、この鋼鉄の棺ライオハルツ。 自分をタンクとして鍛え上げ、そして数え切れないほどの死線を越えさせてくれたこの場所にも、さすがにもう戻ることはないと願いたい。
自分はずっしりと重い大盾を背中に背負い直すと、メーヴェの軽い足取りを追って、静かにダンジョンを後にした。