第52話:20%の賭けと、エターナルカルテット
首都の鍛冶屋は、むせ返るような熱気と鉄の匂いに包まれていた。 奥の工房では、筋骨隆々の職人が自分が預けたライオハルツの大盾を前に、ひどく難しい顔で考え込んでいた。やがて職人は窓口の女性を呼び寄せ、小声で何事かを深刻そうに耳打ちする。
窓口の女性は深く頭を下げると、こちらへ小走りでやってきた。
「お待たせいたしました。職人によりますと、これほど特殊な呪いと素材が絡み合った盾は初めて見るらしく、強化の前例が全くないとのことです」 女性は少し言いにくそうに言葉を濁し、告げた。 「そのため、強化の成功確率はおよそ20%。もし失敗した場合、この盾は粉々に砕け散ります。当店からの補償はありませんし、責任も負いかねます。……それでも、強化いたしますか?」
(20%……) 失敗すれば、あの死闘の証であるこの世に二つとない盾が、ただの鉄屑になる。
自分が思わずメーヴェの方へ顔を向けると、彼女は平然とした顔で肩をすくめた。 「地方の鍛冶屋なら、5%にも満たないわよ。20%もあるなら上出来じゃない」
その言葉に背中を押され、自分は窓口の女性に向かって頷いた。 「それでいいわ。強化にかかる時間は、1時間くらいかしら?」 メーヴェが尋ねると、女性はホッとしたように微笑む。 「はい。今は持ち込みも少ない時期ですので、それくらいで終わります。……外出されますか?」 「ええ、あとで戻ってくるわ」
メーヴェは受付票を受け取ると、店の隅で目を輝かせながら武具を品定めしていたツツジとユーを呼び寄せた。
「お待たせ。強化依頼をだしたから、この間にギルド登録の受付を済ませちゃいましょ。役所まで案内するわよ」
メーヴェは過去にも首都に来たことがあるのだろう。迷うことなく、入り組んだ雑踏の中を滑るようにすり抜けていく。自分たち三人は、人混みにはぐれないように必死で彼女の後をついて歩いた。
辿り着いた役所での受付も、メーヴェについていけばスムーズだった。
「ギルド結成ですね。かしこまりました。こちらの用紙に必要事項を記載してお待ちください」
窓口で渡された分厚い書類を見て、自分とツツジが顔を引きつらせていると、ユーが元気よく名乗りを上げた。 「書類なら私が書くよー! 昔、書類仕事してたからこういうの得意なんだー」
ユーがペンを握り、ツツジがその横で「おー、頼りになるぜユー!」と腕組みをして見守る。二人が書類に奮闘している間、少し離れた柱の陰で待っていた自分の隣に、メーヴェがふらりとやってきた。
「ミリは、本当に良かったの? ギルドなんて」 前を向いたまま、メーヴェがぽつりとこぼす。 「誰かとギルドを組みたがる人には、あまり見えなかったから」
「……ああ、自分は大丈夫だ」 短い返事だったが、それは紛れもない本心だった。
「そ。……これからもよろしくね」 メーヴェがこちらを向き、そっと右手を差し出してきた。自分はその少し冷たい、けれど確かな力強さを持つ手を、優しく握り返した。借金取りと負債王という名目から、本当の意味で「仲間」になったような気がした。
「ギルドを設立するってことは、ここがあたしたちのホームになるってことよ。つまり、ミリとあたしはあの地方都市から、ここまで荷物を持ってくる必要があるわ。盾を引き取ったら、すぐにトンボ帰りね」 「そうか。戻ってきたら、しばらくは宿暮らしになるのか?」
自分の問いに、メーヴェは少し悪戯っぽく笑う。 「この首都の外れに、安くギルドホールを借りられる場所があるわ。そこでしばらくは、四人で共同生活になるかしらね」
彼女は、書類の書き方でワイワイと騒いでいるツツジとユーの背中を見つめた。 「ま、いいパーティーであることは認めるわ」 メーヴェはくすりと笑い、声を潜める。 「私たちが地方都市へ戻っている間、あの二人にはホールの賃貸契約と生活基盤の確保をお願いしましょう。……たくましいから、生活力はありそうだしね」 「ああ、わかった。適材適所だな」
その時、役所のホールにユーの高い声が響き渡った。
「ミリさーん! 最後にここ、自筆のサインくださーい! マスターの名前が必要ですー! ちなみにそれで終わりでーす!」 横では、ツツジが「おー!!」と嬉しそうに拍手をしている。周りの視線が集まり、少しだけ居心地が悪かったが、嫌な気分ではなかった。
「わかった、今行く」
自分が二人の元へ歩き出そうとした背中に、メーヴェの楽しそうな声が降り注いだ。
「――『エターナルカルテット』、ね」
それは、自分たちの新たな居場所の名前だった。