第66話:円卓のプレイヤーと、古参の視線
月に一度の定例会議の初回。
その会場となるのは、首都役所の11階にある厳かな会議室だった。
格式高い長机が円状に並ぶその部屋に集まった面々を見渡し、自分は密かに息を呑んだ。そこに座る者たちは皆、とっくに現役の冒険者を退いているのだろう。顔や手には深く刻まれた皺があり、歴戦の猛者特有の、あるいは酸いも甘いも噛み分けた老獪な政治家のような、重苦しい威圧感を放っていた。
間違いなく、この場で自分が最年少だった。
場違いな空間の空気に圧されそうになりながら、自分は数日前のヤガミとの打ち合わせを思い出していた。
「いいですか、マスター。今回の委員会に招聘されるのは、この首都における主要な12のギルド。すなわち――『鷲の団』、『玉座の騎士団』、『天使の分前』、『404』、『アイリス』、『SUN』、『越後屋』、『第六天』、『タルタロス』、『フローレン』、『蒼天同盟』……そして、我らが『エターナルカルテット』です」
宿舎の机の上に12のコマを並べながら、ヤガミは眼鏡の奥の目を鋭く光らせた。
「これは近代経営学における『競争地位戦略(マーケット・ポジション・ストラテジー)』の縮図と言えます。
最大手である『鷲の団』は、歴史も古く人員も最多。市場シェア1位の【リーダー】であり、この首都の治安と経済の方向性を決定づける絶対的な存在です。彼らの基本戦略は市場全体の拡大と、現状維持の防衛戦。
これに対抗するのが、2番手の『玉座の騎士団』、そして3番手の『天使の分前』。彼らはリーダーの座を虎視眈々と狙う【チャレンジャー】です。上位を脅かすために常に攻撃的な施策を打ってくる。
その他の中堅ギルドは、リーダーの戦略を模倣して生存を図る【フォロワー】に過ぎません」
ヤガミは最後に、エターナルカルテットを示すコマを円卓の中央、少し外れた特殊な位置へと置いた。
「そして我々ですが……規模こそ小さくとも、他社には真似できない独自の価値――すなわち『ミリオンダラー』という圧倒的なブランド・アイデンティティを持つ【ニッチャー】という位置づけになります。限定された領域(ニッチ市場)において特異な利益率を叩き出す、最も警戒されるべき新星(プレイヤー)です」
ヤガミは白い手袋を直しながら、自分を真っ直ぐに見つめた。
「マスター、最初の会議では必ず、行政や上位ギルドから『宿題』が出され、何らかの役割が与えられます。彼らの政治的思惑からして、それはまず間違いなく誰もやりたがらない『外れくじ(コストセンター)』でしょう。ですが、反論せずに黙って受け取ってください。新規参入者がまずは下働き(ローワー・タスク)から始めるのは、どこの組織でも共通する通過儀礼です。泥を被りつつ、他ギルドのマスターたちに頭を下げて『教えを乞う』のです。彼ら上位プレイヤーと強固な友好関係(リレーションシップ)を構築するための投資だと割り切ってください。……できますか?」
ヤガミの冷徹な、しかし的確な戦略眼に、自分はただこくりと頷くことしかできなかった。
そして今、部屋にはその錚々たる12のギルドの長たちが揃い、円卓を囲んで静まり返っている。
「では、定刻となりましたので、ただいまより第74代都市運営諮問委員会の設立式、および委任状の授与を執り行います。その後、本日の議案であります各ギルドの所属部会および業務割り当ての決定へと移行いたします。全体の所要時間は3時間を予定しており、進行状況に応じ、途中で一度、15分間の休憩を挟ませていただきます」
上座に立つ行政側の課長が、淀みのない口調で開催の挨拶を告げた。
その物腰は首都の高級官僚らしく、極めて恭しく丁寧でありながら、同時にこちらの付け入る隙を一切与えない、冷徹なまでの洗練さをまとっていた。法規とマニュアルが服を着て喋っているかのような、完璧な役人の態度だ。
まずは、この首都の長からの正式な委任状授与から始まるらしい。
自分は、このあまりにも場違いで、政治的な思惑が渦巻く閉鎖的な空間の重圧に、激しく緊張していた。背中に背負った黒い盾が、いつもより余計に重く感じられる。
粛々と、事務的に会議は進んでいく。
名前を呼ばれた老マスターたちが、順に前へ出て委任状を受け取っていく。その一挙手一投足に、円卓の視線が集まる。
そして――「エターナルカルテット、ミリ殿」と、課長の隙のない声が室内に響いた時。
それまで無関心を装っていた、ほぼ全てのギルドマスターたちの冷ややかな視線が、一斉に、そして静かに、自分の一身へと注がれた。
最年少でありながら、今や首都の経済を揺るがしつつある『ミリオンダラー』。その正体を見極め、値踏みしようとする怪物のごとき古参たちの圧力が、一気に自分の肩へとのしかかってきた。