第60話:ミリオンダラーの噂と、ギルドの社会的責任
 「……お前たち、随分と噂になってるぞ」  全員の装備を新調するため、訪れた職人街の鍛冶屋。 そこで顔馴染みになった職人のおじさんが、作業の手を止めて眉間に深いしわを寄せながら話しかけてきた。この盾を強化してくれた職人だ。  「結成したての若いギルドが、首都のダンジョンでとんでもない荒稼ぎをしてるってな。別に悪い噂じゃあねえが、巷じゃこう呼ばれてるぜ。『田舎から出てきたミリオンダラー』ってな。……あんたの名前だろ、ミリってのは?」  職人が無骨なハンマーの柄で、自分を指差した。  「……何が言いたいの?」 メーヴェがスッと前に出て、自分を庇うように割って入る。  「警戒しなさんな。ここにもよく来るんだよ、お前たちの情報を教えろって奴らがな。あんたのその黒い大盾はとにかく目立つ。うちに修理に来る姿を、周りからよく見られてるんだろうさ。……連中が情報を知りたがる理由は一つだ。儲かってるお前たちのギルドに、入りたがっている奴らがごまんといるってことだ」  「おぉー! いい話じゃねぇか!人増やそうぜ」 ツツジが嬉しそうに両手を高く突き上げた。  「おにぃ、そんな簡単な話じゃないよ。ちゃんと相手を選別しなきゃ、人間関係なんて簡単に壊れちゃうんだから」 ユーが珍しく真面目な、少し冷たさすら感じる顔でツツジをたしなめる。彼女の言葉には、妙な説得力と重みがあった。 「お、おう……」  「ユーの言う通りね。有象無象をうかつに入れて、お金目当てのメンバーを増やすわけにはいかないわ。……でも、確かにマズイわね」 メーヴェが顎に手を当てて思案顔になる。 「メンバーも募集せず、つまり『ギルドとしての役割』を果たさずに荒稼ぎだけしているなんて変な噂が立ったりしたら……」  「それだ、お嬢ちゃん。悪いことは言わねえ、今ならまだ間に合う。ちゃんとギルドとしての役割を果たしな。お取り潰しになる前に」 職人が再びハンマーで、今度はメーヴェを指した。  「その『ギルドの役割』って、何のことなんだ?」 たまらず自分が口を挟む。  「いい、ミリ。ギルドっていうのはね、ただの仲良しチームや傭兵団ってだけの側面じゃないの。ある一定の基準を超えたギルドには、『社会的責任』がついて回るのよ。首都の冒険者たちのためにね。例えば、新規メンバーの育成だったり、クエストの発行だったり、それに伴う税務だったり。……あの地方都市での『ネズミ狩り』、覚えてる? あれは向こうの大手ギルドが発行した、地域の治安維持のためのクエストよ」  「お嬢ちゃんの言う通りだ、若きギルドマスター」 職人が低く唸る。 「大抵の中小ギルドは、手っ取り早い『メンバー募集』に走るがな。いわば、地域のための冒険者育成業務ってやつだ。この首都でギルドとして生きていくなら、稼ぐだけじゃなく、やるべきことはやっておけ」  自分は、仲間たち全員の顔をぐるりと見渡した。 メンバーを募集するか、クエストを発行するか……。  (いや、この首都に詳しくない自分たちが、果たしてクエストなんて発行できるのだろうか?) たった四人の人員で、クエスト達成の報告の真偽性を確かめ、報酬を支払い、円滑に業務を進行できるわけがない。  メーヴェも同じ結論に至ったのだろう。頭を抱え、うなるように声を絞り出した。 「……薄々気付いていると思うけど、クエスト発行なんて今のあたしたちには絶対に無理よ。あれは、事務方の人手が十分に足りている大手ギルドだからできること。あたしたちみたいな中小ギルドにできるのは、人材育成くらいよ……」  「じゃあ、募集を開始するんだな! すごいぞ、ついに俺たちのギルドがデカくなる! デカいことはいいことだ!」 事の重大さを分かっていないツツジだけが、一人で大喜びしている。  横で眉間にしわを寄せていたユーが、スッと手を挙げた。 「ミリさん、新メンバーの書類選考と面接は、私とメーヴェさんにやらせてください。ミリさんはメンバーが増えるのに伴って、財務面で奔走しなきゃいけなくなりますから」  「そうね」 メーヴェが深く頷いた。 「これから莫大なキャッシュが必要になるわ、ミリ。大所帯になれば、ダンジョンでのドロップ稼ぎだけじゃ収入が不安定すぎる。市場での『金策』が重要になってくるわ。何を仕入れて、何を売るか……。メンバー募集の時、戦闘職だけじゃなく、財務に明るい商人気質の人も探してみるわ」  ユーとメーヴェが顔を見合わせ、力強く頷き合う。 「募集文書の作成と役所への提出は、私がやります」 「ありがとう、ユー。……ツツジ、あんたは早く全員分の装備を選びなさい。買い物を済ませたら、すぐにホールへ戻るわよ」 「お、おう。わかったぞ!」  メーヴェが自分の正面に立ち、ニッと笑いかけてきた。 「ミリもね。これから、ギルドマスターとして死ぬほど忙しくなるわよ」  彼女は「頑張って」とばかりに、自分の胸当てをトンと軽く叩いた。 新しい武器や防具を手に入れた喜びも束の間、エターナルカルテットは次なる「組織」としての壁に立ち向かおうとしていた。