第80話:残された盾の重み
踏破の予定日、黒紋塔へ迎えにいった自分達は、日が暮れるまで塔の前で待った。
だが、誰も現れなかった。
それから3日。救助隊も派遣してもらっているが、一向に足取りは掴めない。ここ数日、気の休まる時が全くない。
「鷲の団も動いてくれるそうです」
ヤガミが、救助隊からの報告書を眺めながら静かに動向を語った。首都最上位のギルドである鷲の団、そこが救助隊を追加で派遣してくれることになったらしい。さらに、オウルのいる第六天も、他ギルドとの共同で救助隊を派遣してくれているという。
「マスター。焦る気持ちはわかりますが、我々が行くわけには行きませんよ」
自分の心中を見透かしたように、ヤガミが釘を刺す。
「救助隊の派遣費用もタダではありませんからね。自社リソースを直接、しかも非効率に投入するよりも、探索と救助に特化した専門のプロフェッショナルへアウトソーシングする方が、現状では最も合理的かつ、彼らの生存確率を最大化するための正しい投資判断です」
淡々と語るヤガミに、自分は何も言い返せなかった。
「ところで、マスター。オウル氏からはなんと?」
「……ダンジョンに事故は付きものだと。あとは、誰が責任を取るかになると言われたかな」
自分の口から、深いため息が漏れた。
「オウル氏にとって、ダンジョンは投資対象……ハイリスク・ハイリターンのポートフォリオの一部に過ぎませんからね。あちらからすれば当然のリスクマネジメントでしょう。しかし、やはり焦点は責任問題、つまりステークホルダーへの説明責任に移っていますか。……議会からも同じような連絡がありましたか?」
「いや……まだ3日だからどうなるかはわからない。過去には数週間後に生還したパーティもいる。まだ最悪の事態と決まったわけではないと」
「……そうですね」
重苦しい沈黙が流れる。
何故、自分は共にいかなかったのか。
なぜ、今ここでこんな紙切れを眺めているのか。
もしもの時、誰が責任をとるかはもう決まっている。ギルドマスターである自分だ。
しかし、自分にとってそんなことはどうでもよかった。皆が無事でいてくれるならば、どんな責任だって背負う覚悟はある。
「マスター。やるべきことをやる時です」
ヤガミの声が、沈黙を切り裂いた。
「我々がやるべきことは、感情に任せて助けに行くことではありません。組織のトップとして事業継続の体制を維持し、確実なキャッシュフローを生み出すことです。こんなときだからこそ職務を全うし、彼らを救出するための『資金』という血液を、絶やすことなく供給し続けなければならないのです」
痛いほど正論だった。
本当は、今すぐでも盾を持ち、救助隊に混じって黒紋塔に挑みたい。喉から手が出るほどそうしたい。
だが、それをして、誰が救助隊の莫大な費用を出すというのか。一人でできないことをするための資金が、今はどうしても必要なのだ。
「市場にいきますよ、マスター。……戻ってきたら、制作の続きです」
ヤガミの言葉に、自分はゆっくりと立ち上がる。
歯車として、苦しみの中で日常を続けなければならない自分。
仲間が死にかけているかもしれないこんな時に、現場で何もできない自分。
それは、これまで自らの意志で何もしてこなかった自分への罰なのだと思った。
自分は結局、何者にもなれていない。ただ、言われるがままに流されるだけの人生。
ふと部屋の隅に置かれた自分の盾に目を向けた。
誰も守ることができないお飾りの盾は、今の自分そのものだった。