第11話:焚き火としりとり
錆びついた鉄門をくぐり、自分たちはあの因縁の場所へと戻ってきた。廃墟となった巨大なサーカステント。あの日、すべてを失い、ミリ単位の確率でしか命を繋ぎ止められなかった絶望の舞台だ。
内部の調査と突入を明朝に控え、自分たちはテントの手前で野営の準備を始めた。 ギルドでのネズミ狩りを経てようやく手に入れた新しい大盾を傍らに置き、パチパチと燃える焚き火の炎を見つめる。その火の向こう側で、メーヴェが手際よくコーヒーにミルクを注ぎ、温かいカフェオレを淹れてくれた。甘く柔らかな香りが、殺伐とした空気の中に広がっていく。
彼女は出来上がったカップを自分に差し出し、ふと真剣な眼差しを向けてきた。
「ねえ、ミリ。前から少し気になっていたんだけど。あんたの戦い方って、タンクにしては異常に攻撃的よね。普通なら体力や防御力に極振りして、とにかく『耐える』ことに専念するはずよ。それなのに、あんたは筋力を上げて、自分から盾で敵をねじ伏せる。……どうして?」
大層な理由を期待されたのかもしれないが、自分はカフェオレを一口すすり、静かに首を振って口を開いた。
「……そんなに深い理由じゃない。自分は元々、槍を使いながら、バッファーをやっていたんだ」
メーヴェは意外そうに目を丸くしている。自分は構わず続けた。
「それからタンクに転向した後、火力を出して強引にヘイト(敵の敵対心)を稼ぎ、ターゲットを維持する。その方が、敵の動きも全体の状況も観察しやすい。そう教えてもらっただけだ」
メーヴェは何も言わず、自分の言葉を納得するようにカフェオレを口に運んでいた。
「タンクになれば、あなたは他の誰かから必要とされる。一人にならない」と、優しく背中を押してくれたかつての相棒の言葉が、焚き火の向こう側にそっと思い出された。自分はあの頃より少しは強くなれたのだろうか。
自分は自分のやり方で、この盾と共に明日、あの因縁の場所へ足を踏み入れる。
そう心の中で決意を固めていたものの、無意識のうちに身体が強張っていたのだろう。大盾のグリップを、知らず知らずのうちに強く握りしめていた。ただでさえ、あの時と違って黒魔術師とヒーラーの2人が欠けた状態なのだ。
そのわずかな緊張を、メーヴェは見逃さなかった。 彼女はカップを引くと、ふっと悪戯っぽく、しかしこちらの心を和らげるような優しい笑みを浮かべて自分を見た。
「ガチガチの緊張、こっちまで伝わってくるわよ。……ねえ、しりとりでもする?」
これから死地へ臨もうという緊迫した夜に、子供の遊びのようなしりとりを仕掛けてくるとは思わなかった。彼女なりの気遣いに思わず毒気を抜かれたが、その気負いのない言葉は、皮肉にも自分の強張った心を確かに緩めていくのがわかった。
「じゃあ、メーヴェの『え』からだよ、ミリ。」
彼女の言葉に、自分は少し視線を落とし、答えるように口を開いた。 「……『衛兵』」
「『い』ね。じゃあ……あたしたちみたいな冒険者にとって、窮地で一番頼りになるもの。――『命綱』」
命綱、か。それは、かつて自分の手から滑り落ちてしまった、あの強固な関係を思い出させる言葉だった。 メーヴェから回ってきた「な」の文字を受け取り、自分は無意識のうちに、胸の奥底に仕舞い込んでいたその言葉を口にしていた。
「『な』……『ナノ』」
メーヴェの言葉がぴたりと止まった。彼女は不思議そうに眉をひそめ、首を傾げる。
「ナノ? ……単位のこと?面白い語彙ね」
カップを包む自分の指先に、じわりと古い記憶の熱が蘇る。 「……自分の、昔の名前だ。まだ大盾じゃなく、槍を握っていた頃の」
メーヴェの眼差しが、しりとり遊びのそれから、静かな傾聴の色へと変わる。 自分はカフェオレの残りを飲み干し、遠い【騎士団墓地】で活動していた、臆病で情けなかったあの頃の記憶の扉を、ゆっくりと開いていった。