第7話:失いたくない駒
……最低だ。 玉座の間で切り捨てていれば、あたしは無傷で、効率よく脱出できていた。
あの大盾のタンク。あいつはもう、自分の中の「面白い駒」の枠を超えていたのかもしれない。床が抜けて闇へと落ちていく彼を見た瞬間、私の身体は勝手に動いていた。
「死なないでよ!」
崩落する床の隙間から、彼を無理やり引きずり上げる。 その際、あたしの双剣は歪みの隙間へと滑り落ち、二度と戻ってこなかった。愛用していた武器まで失う羽目になるなんて。心底、割に合わない。
タンクはもう、死に体だ。息は細く、身体からは熱いものが際限なく流れ出している。このままでは数分ともたない。 私は迷いなくポーチを漁り、自分のための唯一の備蓄を取り出した。 ――最後の一本、私の虎の子の高級POT。 回避タンクとして死線を潜り抜けてきた私が、いざという時のために温存し続けてきた命綱だ。ここで失うのは痛手だが、目の前で彼に死なれるよりはマシだ。
「……なんで、そんなものを」
タンクが掠れた声で呟く。その目は、今にも閉じられそうだ。 あたしは彼の口元に瓶を押し付け、中身をすべて流し込む。喉が動くのを確認して、ようやく心臓が少しだけ落ち着いた。
「死なせたら、あたしは全損だからね。……まだ、取り戻せる可能性はあるから。」
そう吐き捨てて、彼を背負い直す。 重い。盾の破片が刺さった彼の身体は、死ぬほど重い。ただの足手まといだ。ここから先は、損得勘定もへったくれもない。
「……あんたは、何のためにこんな場所へ?」
意識が途切れないよう、彼に話しかける。
「……自分は、地図を完成させたいんだ。見たこともない景色を、見るために」
「……へえ。物好きなこと。地図なんてどうでもいいけど、あんたにここで野垂れ死なれたら、あたしの手間が無駄になる。ダンジョン攻略が終わるまでは、あんたを盾として、あたしが使ってあげる」
ダンジョンの出口は遠い。 歪みは激しくなり、視界は煙と塵で何も見えない。 自分でも何をしているのかわからない。ただ、背中の彼の命が、私の命と一緒に繋ぎ止められていることだけが、今は唯一の現実だった。
外へ出たとき、空の色はもう変わっていた。 死にかけの二人を運ぶには、この街の通りはあまりにも冷たい。あたしは彼を担ぎ上げ、見つけた治療院の扉を蹴り開ける。
「誰か! 誰かいないの!」
彼の意識は、とっくに途切れている。 自分の腕の中で、冷たくなっていく背中。 ああ、本当に……なんて無様で、手間のかかる男だ。 治療費、それに砕けた盾の弁償、失った双剣、そしてこの高級POTの代価。これから先、彼にどれだけの負債を背負わせて稼がせるか。それを管理するのも、また一興だ。
治療院の奥から、慌てた足音が近づいてくる。 やっと、彼の命が繋がった。 私は安堵と苛立ちが混ざった息を吐き出し、治療院の床に膝をついた。ここからが、この男との長い付き合いの始まりになりそうだ――それが、今のところはただの「負債を抱えた駒」であっても。