第37話:狂乱の刃と、静寂のスケッチ
 激戦だった。 わかってはいたが、やはりこの「道化師」は異常なまでに強い。  「次、代わるわ!」  メーヴェの声に合わせて前に出る。息を合わせ、前衛と後衛の役割をスイッチしながら、道化師の体力を少しずつ削っていく。 絶対に避けられない広範囲の攻撃が幾度も襲いかかってくるが、それはもう想定内だ。用意していたPOTの瓶を砕くように煽り、生命というリソースを強引に回復させて踏み止まる。  メーヴェの動きは止まらない。彼女は元回避型タンクの身軽さを活かし、舞うように道化師の懐に入っては切り裂き、鋭く距離を取って弓を引き絞る。 彼女の放つ矢の風切り音。それが今の自分の「合図」だ。 矢が道化師の顔面を掠めた瞬間、自分は大盾を構えて一気に前へ出る。振り下ろされる道化師の長い腕をくぐり抜け、がら空きになった脇腹へ渾身の力で剣を突き刺した。  『ヒィ、ヒャァアアア!』  耳障りな奇声と共に、道化師の身体のあらゆる部位から無数の刃が飛び出し、こちらの身を無差別に切り裂こうと迫る。 メーヴェは事前の作戦会議で「パターンを読んだ」と言っていたが、正直なところ、自分には未だにその刃が飛び出す攻撃の兆しを掴めないでいた。  (だが、退かない!)  以前のような粗悪な中古品ではない。泥水にまみれたネズミ狩りの報酬で手に入れたこの分厚い大盾が、迫り来る刃をガキン、ガキンと重い音を立ててしっかりと弾き返してくれる。 刃を防ぎ、剣を刺し、退いてはまたPOTを煽る。 じりじりと、文字通り互いの命を削り合う泥沼の死闘が続いた。  ――そして、決着は唐突に訪れた。  メーヴェの短剣が急所を穿ち、自分の大盾がその巨体を壁に叩きつけた瞬間。 あまりにも静かな幕切れだった。ダンジョンの踏破を祝うファンファーレが鳴るわけでもなく、ただ、糸が切れた不気味な操り人形のように、道化師の身体がぐらりと崩れ落ち、沈黙した。  勝ったのだ。 あの夜、仲間を失い、自分のすべてが崩壊したこの絶望の舞台で。  「……ふぅ。やったわね、ミリ」  肩で息をしながら、メーヴェがふっと笑いかけてくる。 自分も小さく息を吐き出し、無言のまま彼女と軽く手を打ち鳴らした。パァン、と乾いた音が、静まり返ったサーカステントの奥底に響き渡る。  あの日の罪が消えたわけではない。だが、因縁の呪縛からは、確かに一歩だけ前へ進めた気がした。  自分は大盾を背中に背負い直し、血と汗に塗れた手で、懐からスケッチブックを取り出した。 慢心から解き放たれ、ただの「ヌーブ」として生き残った自分が、この目で確かに捉えた新たな景色。それを描き残すために、静かに鉛筆を走らせ始めた。