第32話:エゴの画帳
 騎士団墓地の踏破から、周囲の景色は二巡した。 近くにあるダンジョンというダンジョンは、もうすべて回り尽くしていた。  自分はあらゆる野良パーティーに参加し、あらゆる深淵に足を踏み入れては、スケッチブックにその景色を描き続けた。 戦場で、相変わらず「ヌーブ(初心者)」と罵られることもあったが、今の自分にはどうでもよかった。むしろ、名ばかりのヌーブを演じている方が都合がいいとすら思っていた。  自分は、完全に慢心していた。  「タンクこそが、戦闘のリズムを決めるんだ」  盾の引き方一つで戦線をコントロールし、敵を支配する快感。戦場を支配しているのは自分だという自負が、胸の奥で肥大化していく。だからこそ、自分の思い通りに動かない後衛や、歩調の合わない前衛を見るたびに、激しい苛立ちを覚えるようになった。  (なぜ、自分に合わせられないんだ。お前たちは後ろで、自分のリズムに従っていればいいものを)  いつしか、ダラーが残したあの部屋からは去っていた。 彼女にもらった槍も手放し、家具もほとんど捨てた。……彼女は帰ってこなかった。いま住んでいるのは、地方都市のはずれにある薄暗いアパートだ。周りに店も少ない街の境界線。今の自分の稼ぎではこれくらいが限界だったが、それで構わなかった。あの部屋に執着する理由も、もう今の自分には残っていない。  かつては「彼女のために」と願っていたはずのスケッチブック。だが、いまやそこにダラーの影は薄かった。 新しい景色を、この手で描き、独占する。それはもう彼女のためではなく、他ならぬ「自分自身のため」の欲求に変わっていた。自分が世界の深淵を支配し、コレクションとして記録すること。そのためには、自分の盾の裏で肉壁となり、火力を出す「パーティーという名のコマ」が必要なのだ。  そんな折、街の掲示板の前で、自分の足が止まった。 一枚の募集要項が、目に留まる。  【新規ダンジョン:サーカス団跡地の調査 @盾1】  「サーカス団跡地……」  まだ自分の画帳にはない、未知の領域。 胸の奥で、じりじりと飢餓感が疼く。ダラーに見せるためではない。自分が、そのまだ見ぬ景色をこの目で引き摺り下ろし、自分のものにするために。  自分は背中の重い盾を叩き、表情を消したまま、現地へと向かった。新たなコマたちを、自分の戦場へと従えるために。