第31話:深淵の景色と、新たな誓い
 騎士団墓地の最深部で待ち受けていたのは、異形の怪物だった。 オレンジ色にぬらぬらと不気味な光を放つ、巨大なグール。5メートルを超えるその巨体は、ただそこに存在するだけで通路を完全に塞ぎ、圧倒的な質量でこちらを圧殺せんとうごめいている。  自分はその巨体に、文字通り必死に食らいついていた。  「いいぞ、押せ! 守りに入るな! わかったな!?」  グールの背後、死角からガンナーの鋭い声が鼓膜を叩く。 いま、自分の視界は目の前の巨大な肉塊だけで完全に埋め尽くされていた。後衛が何をしているか、仲間がどこにいるか、目で確認することなど狂気の沙汰だ。  「火力特化のパーティーは、火力で押すタンクじゃなきゃヘイトを維持できない! もう身に染みてわかってるだろ!」  「くっ……おおおおお!」  歯を食いしばり、重い盾で怪物の重い一撃を受け流す。骨が軋むような衝撃に耐えながら、ダラーに教わった、そしてガンナーに叩き込まれた立ち回りを体に叫ばせる。守るための盾ではない。攻めるための、敵を釘付けにするための盾だ。  隙を突いて、容赦なく剣を肉塊へと突き刺す。緑色の不浄な体液が飛び散るが、構わず叫び、次の攻撃を繰り出した。  その瞬間、グールの脇腹から鋭い刃が突き出した。槍使いの放った一撃が、見事に怪物の肉を貫いたのだ。  「もう少しだぞ! 粘れ!」  後方から、ヒーラーの老人の必死な声が響く。 恐怖で奥歯がガタガタと鳴っていた。息が詰まる。――これが、タンクの見る景色なのか。  5メートルを超える巨体に視界を遮られ、一歩間違えれば圧殺される極限状態。仲間たちの姿は見えない。ただ聞こえる詠唱の響き、銃の撃鉄が上がる音、槍が風を裂く音――その「音」だけを頼りに、仲間たちの挙動を推察し、彼らを信じて正面の怪物を引き付け続ける。  その刹那、耳を聾するほどの連続した爆音が一斉に響いた。 ガンナーの放った無数の銃弾が、グールの頭部を正確に粉砕していく。  ドサリ、と地響きを立てて崩れ落ちてくる巨体。自分は反射的に足に力を込め、押しつぶされないように大きく後ろへと距離をとった。  静寂が、ゆっくりと墓地の奥底に降りていく。  「……へっ、よくやったな、ヌーブ」  ボロボロに崩れ落ちたグールの背後から、槍使いが肩で息をしながら姿を現した。その顔には、自分への確かな信頼の笑みが浮かんでいた。  「ははっ……、ははは……」  引き攣った喉から、自然と笑いが漏れた。 勝ったのだ。あの頼りない「釣り餌」だった自分が、即席の、だけど不器用な仲間たちと共に、この怪物を討ち倒した。  ここは、ダラーも見たことのない、騎士団墓地の最深部。 激しい鼓動が落ち着くにつれて、ようやく周囲の景色を見る余裕が生まれた。太古の意匠が施された美しい石柱、壁一面に刻まれた失われた歴史の碑文。かつて彼女が「見てみたい」と、どこか遠い目で語っていた光景が、いま自分の目の前に広がっている。  (この景色を、地図に残そう)  ボロボロの手で、懐から彼女が去ってからずっと開けなかったスケッチブックを取り出す。 ダラーに、この景色を見せてあげなければならない。彼女はもう、この地方都市の、この薄暗い墓地へ戻ってくることはないだろう。だからこそ、自分が描かなければならないのだ。  彼女の代わりに、世界の果てを見る「目」になる。 いつかまた、彼女の隣に立っても恥ずかしくない自分になるために。  自分は煤けた床に腰を下ろし、まだ震える手で、彼女の知らない最深部の地図を描き始めた。