第72話:絡み合う回路と、帰らずの昇降機
壁一面に張り巡らされた回路を見た時は、流石のあたしも唖然とした。
それはまるで、狂人が描いた巨大なパズルのようだった。無数に途切れた一本一本の回路を正しく繋ぎきるまで、5人がかりで数時間。
天動機が待つエントランスの中央に戻ってきた頃には、すでに全員の顔に濃い疲労が見えていた。まだたったの一階層目だというのに、先は思いやられる。
「どういう仕組みかはわからんがな。各階層の仕掛けを解かなければ、この天動機は上には動かない」
ジークが懐中時計で時刻を確認しながら、中央に鎮座する操作盤をいじる。
「下には動くってことですか?」
デルタが、ジークの手元を興味深そうに覗き込みながら質問した。
「あぁ。ただ、この第一階層にしか戻れない。進むのは一歩ずつだが、帰りは特急だ」
「つまり、撤退はいつでも可能ということね」
あたしが確認するように言うと、ジークはサングラスの奥の目をスッと細めた。
「『天動機に戻れれば』な」
彼の低い声が、薄暗い空間に響く。
「過去、このダンジョンで消息を断った者たちは皆、天動機まで生きて戻れなかった者たちだ。さらに厄介なのは、どの階層で遭難したかがわからん以上、外部からの救助もままならない。そもそも、この塔は内部の階層の順序が毎回変わるらしいからな……」
ジークは確かに、過去に一度この塔を踏破している。だが、それはあくまで「わずか一回」の成功体験に過ぎない。後に他の攻略組と情報交換をした結果、挑むたびに階層の構造がズレるという絶望的な事実が導き出されていたのだ。
「ここでは、過去のマップも役に立たん。臨機応変な判断力、知恵、そして実力が求められる。並の冒険者には到底無理だな」
ジークが軽く笑いながらそう話す。その横顔には、厳しい特訓の末に新人をここまで育てきったという、教官としての確かな自負があった。
「もう、あの地獄の特訓は勘弁っすね」
デルタがペロッと舌を出す。彼女の隣で、セラとトキの夫妻も思い出したように苦笑いを浮かべていた。
「さて、あと1分だ。いよいよ次の階層……ここからが本番だぞ」
ジークの声に、全員が表情を引き締め、気合いをいれなおす。
10時ジャスト。円形の天動機の縁を彩る青いランプが強く光り、足元がガタガタと重厚な音を立てて動き出した。
上昇のサイン。それはつまり、西口のツツジたちも無事に第一階層を突破したという何よりの証拠だった。
未知の領域へと昇っていく特有の浮遊感。
いよいよ、首都最高峰の魔窟『黒紋塔』の真の攻略がはじまった。