第30話:焚火の教えと、遠い香り
 「右、右、左! 盾より先に剣を出せ! わかったな!?」  パチパチと爆ぜる焚火の明かりの中、ガンナーの怒声が響く。彼は地面に転がっていた尖った石を拾うと、泥の上に歪な円と直線をいくつも描き殴った。  「お前はヌーブだ。名前なんて捨てろ。自分が初心者であることを一秒たりとも忘れるな。……そうしていれば、全員が生き残れる。調子に乗った時が、すべてが終わる時だ。わかったな!」  昼間の行軍の疲れもあるはずなのに、彼の指導は夜になっても一向に衰える気配がなかった。 少し離れた場所で、ヒーラーの老人と槍使いも、その様子を静かに見守っている。二人は何も言わずにただ炎を見つめていた。  「全員の命を背負うのがタンクだ。誰かが倒れたら、それはすべてお前が悪い。お前が調子に乗った罰だと思え。……わかったな」  地面に描かれた即席の陣形図を睨みつけながら、ガンナーは絞り出すように言葉を続ける。 その横顔に刻まれた深い皺と、炎に照らされた苦渋の表情を見た時、自分の中に一つの確信が生まれた。  (ああ、この人は……)  まるで、自分自身に言い聞かせているようだった。 この熟練の男は、かつてタンクだった頃、自分の傲慢や油断のせいで、誰か大切な仲間を死なせてしまったのではないだろうか。誰よりも責任感が強かったからこそ、その罪悪感に耐えかねて盾を捨て、銃を握った。自分には、そう思えてならなかった。  だからこそ、彼は目の前にいる無知な自分に、これほどまでに熱心に、時に残酷なほどの言葉を叩き込んでくれるのだ。自分と同じ、取り返しのつかない後悔の道を歩ませないために。  「……まあ、そこまでにしてみなを休ませようじゃないか。順調に調査は進んでいる。明日には最深部へ到達できるだろう」  ヒーラーの老人が、パチリと爆ぜる護符を火の中に放り込みながら、穏やかに口を挟んだ。独特の苦い薬草の匂いが、煙となって夜気に混ざり合っていく。  最深部。 かつてダラーと共に潜ったときは、決して辿り着けなかった、この墓地の最も深い場所。 今の自分は、彼女の隣にいた頃とは違う装備を纏い、違う仲間を引き連れて、その未知の領域に到達しようとしている。  (もし……もしまた彼女に会えたら、伝えよう)  自分を置いていった彼女に、あなたの言った通りタンクになった。少しはまともに、誰かを守れるようになった、と。そう伝えれば、あの冷徹で、だけど最後に少しだけ瞳を潤ませていた彼女は、きっと喜んでくれるはずだ。  パチパチと燃える護符の焼ける匂いの向こう側に、自分は今でも、彼女が淹れてくれた温かで少し苦いコーヒーの香りを思い出していた。