第77話:最速の巨龍と、追い求める速度
 たしかに、ただ眺めるだけなら言葉を失うほどに美しい。  陽光をいっぱいに浴びて、青く、気高く輝く結晶の体表。けれどそれは、あらゆる攻撃を撥ね退ける天然の重装甲そのものだった。  ビッシリとクリスタルに覆われたそのドラゴンは、あたしたちがこれまでに遭遇したどんな魔物よりも速かった。  「なんすかアイツ!あんなに速いなんて聞いてないっすよ!?ボクより速いんじゃないっすか!」  デルタが声を荒げるのも無理はなかった。本当に、人間の目が追いつかない。  圧倒的な速度で浮島の上を掠めていく巨体。翼が空気を切り裂く轟音だけが、遅れてあたしたちの鼓膜を震わせる。  「これは、届きませんね!!」  セラが悲鳴混じりに叫び、杖を振るう。けれど、放たれた火炎はドラゴンに届くよりも遥か手前、奴が引き起こす猛烈な風圧の中で掻き消されてしまった。  「ヤツが地表を掠める一瞬で切り付ける!まずは目を慣らせ!」  ジークが大剣を構え、声を張り上げる。  あたしも必死に動きを予測して弓を構えたけれど、弦を引き絞ったときには、ドラゴンはすでに矢の射程圏外へと飛び去っていた。  「くるぞ!」  ジークの警告と同時に、ドラゴンが恐るべき急制動で反転し、再びその巨体で浮島を切り裂くように突っ込んでくる。  「くっ!」  間合いを測っていたジークの渾身の一撃すら、その速度の前には空を切る。  ──だが、その絶望的な巨体のすぐ真横を、並走する小さな影があった。  デルタだ。  彼女は自慢のツインテールを激しく靡かせながら、信じられない足さばきでドラゴンと速度を合わせ、その顔面めがけて2丁拳銃を突き出した。轟音と共に放たれる容赦のない連撃。  バチバチと激しい火花が散り、ドラゴンの顔を覆うクリスタルが砕けて空中へ飛び散る。  「コイツ硬いんすけど!!」  「目を狙え!」  デルタの叫びにジークがすぐさま呼応する。  「んなー!」と気合の声を上げながら、デルタがさらに引き金を引き絞った。けれど、直撃する寸前でドラゴンの強固な瞼が閉じられ、銃弾は無情にも弾かれてしまう。  だが──それで十分だった。  「いける!」  激しい連撃を受けたドラゴンが一瞬、確実に速度を落とした。その隙を、あたしは見逃さない。  背負っていた双剣を鋭く抜き放ち、あたしは浮島の端を蹴って奴の身体へと飛びかかった。刃がクリスタルを激しく叩き、粉砕する手応えが両腕に伝わる。しかし、まだその下の肉にまでは届かない。  だけど、この連動を繰り返せば、絶対に倒せる。  「いいぞデルタ、遊撃でヤツを引きつけろ!」  ジークの叫び声が響く。それに応じるように、デルタがさらに高く跳躍した。  速く、そして誰よりも高い。  彼女はドラゴンの頭上を鮮やかに飛び越え、空中ですれ違いざま、その背中に向けて銃弾を雨のように降らせていく。  ついに怒りを露わにしたドラゴンが、その細い瞳であたしたちの小さな特攻兵──デルタを睨みつけた。けれど、その獲物を捉えようとする瞳めがけて、再びデルタの容赦ない銃弾が炸裂する。  空中で繰り広げられる、超高速の応酬。  あの速度の嵐の中に飛び込み、互角に喰らいついていけるのは、あたしたちの中で唯一、デルタだけだった。  彼女がエターナルカルテットの扉を叩いたとき、その動機を「首都でのギルドの躍進速度に惹かれたから」と言っていたのを思い出す。  何よりも速度を求め、速度に価値を置くデルタ。その彼女が磨き上げた執念の『速さ』が今、この空中庭園の主を確実に捉えていた。  「コイツ、マジで硬いっす!!」  デルタの銃弾をすでに数百発は受けているはずなのに、ドラゴンはまだ一滴の血すら流していない。  けれど、確実にその動きは鈍り、限界が近づいていた。あたしたちの最大火力が、その間合いに追いつけるほどに。  「うおらー!!」  ジークの咆哮と共に振り下ろされた大剣が、ついにドラゴンの強固な結晶の鎧を叩き割り、その奥にある肉を深く切り裂いた。鮮血が宙に舞う。  間髪入れず、セラの杖から放たれた巨大な氷塊が、ドラゴンの片翼を重々しく押しつぶした。  大気を切り裂く、悲鳴にも似た断末魔の叫びを上げるドラゴン。  その一瞬の硬直を突いて、あたしは再び手にした弓で、奴の剥き出しになった瞳を正確に射抜いた。  「押しつぶせ!!」  ジークの鋭い大号令が響き渡る。全員が前へと踏み込み、持てるすべての火力を叩き込む総攻撃へと移る。ここで、一気に削り切る──!  ──ジークの大剣が、激闘の末にドラゴンの首を綺麗に落としたのは、それから数十分が経過した頃だった。  「はぁ……はぁ……よし。これで天動機が動く。戻るぞ!」  あたり一面に散らばる、青く輝くクリスタルの山。  あたしは肩で激しく息をしながら、ジークの言葉にコクリと深く頷いた。  あたしたちは、この空域で最速を誇る巨龍を突破した。  けれど、誰もその場に座り込んで達成感に浸ろうとはしなかった。そんな時間はない。ここはまだ、長い旅路の途中に過ぎないのだから。