第40話:薄氷の上の命、あるいは呪いへの渇望
飛空艇へと繋がる長さ数mの太い蔦を、バランスを取りながら慎重に渡る。
先導するミリは、どうやら高いところが極端に苦手らしい。大盾を背負った背中はガチガチに強張り、遅々として進まない。
あたしにとって、この程度のスリルは極上の楽しみの一つでしかないというのに。
幼少期、大震災によって母を失い、帰る家を失った。そのせいか、私はどうにも自分の「命」に対する価値観が、人より決定的に薄いらしい。常にリスクの淵に立っていなければ、自分が「生きている」という実感を得られないのだ。
だからこそ、一歩間違えれば即死する「回避型タンク」なんて頭の狂った戦い方もしてきたし、たった一人で各地の危険地帯を渡り歩いてきた。巨大なバジリスクの討伐に、単身で挑んだことすらある。
この「命」というたった一つのリソースをテーブルに全ベットして、どれだけ楽しいことを引き寄せられるか。あたしの命の使い方は、いつだって割れる寸前の薄氷の上にある。
そんなあたしの無軌道な歩みに、この男は黙ってついてきた。
治療費の負い目があるとはいえ、本当に馬鹿がつくほど真面目で、お人好しな男だ。
ライオハルツが「幽霊屋敷」と呼ばれている噂を、ミリは聞いたことがないのだろうか? 踏み入れば最後、「呪われるダンジョン」だという曰く付きの曰くを。
あたしとしては、呪いがあるなら喜んでかかってこいと思っている。だって、すんなり終わるより、その方が絶対に楽しいから。
「……着いた」
前を歩くミリの、心底からの安堵の声が聞こえた。
太い蔦を越え、あたしたちはようやく、崖に挟まった銀色の飛空艇の甲板へと降り立った。
さて、正真正銘の未踏破ダンジョン。この呪われた鉄屑の内部は、一体どんな面白いスリルを味合わせてくれるのだろう。
あたしの胸は、さっきからずっと激しく高鳴りっぱなしだ。
(この男を連れて、各地のダンジョン巡りをするのもいいかもしれないわね)
目の前で大盾を構え直す堅物な背中を見つめながら、あたしはそんな先の未来を想像して、また少しだけ口角を上げた。