第43話:鉄壁の騎士団長と、侵略の3メートル
 これが、圧倒的な「技量」の差か。  槍を振るう恐るべき速度。一切の無駄がない鋭い踏み込み。そして、隙を完全に埋める大盾の突き出し。亡霊となった大男の全ての動作が、自分たち二人の実力を遥かに上回っていた。  「くっ……!」  重い槍の連撃を大盾で受け流すだけで、自分は手一杯だった。腕の筋肉が悲鳴を上げ、足元がじりじりと削られていく。  背面から回り込んだメーヴェの鋭い斬撃も、大男は手首を返すだけの最小限の動きで、盾の表面を滑らせるように無力化してしまう。距離を取って放たれた彼女の矢すら、吹き荒れる槍の旋風によって呆気なく叩き落とされた。  開戦から数十分。ただの一太刀も、この敵に浴びせることができていない。  まるで巨大な鋼鉄の要塞を相手にしているようだった。この鉄壁の防御を崩す方法が、まるで見当たらない。  背後の重厚な扉は固く閉ざされており、退路はない。  このまま決定打を出せずにジリ貧になれば、リソースの尽きた自分たちに待っているのは「敗北」――すなわち死だ。  「ミリ、どうする!?」  常に余裕の笑みを浮かべていたメーヴェの口調にも、明確な焦りが見え始めていた。彼女の双剣や弓をもってしても、有効打が全く入らないのだ。  (突破するには、二人で相手の技量を超えるしかない……!)  あの無駄のない洗練された動きは、恐らく彼が生前「騎士団長」として積み上げてきた、長年の修練の賜物だ。一朝一夕で身についたものではない、血の滲むような圧倒的な「基礎力」。それを一人の力で超えることなど不可能だ。  ならば、二人で超える。  「メーヴェ、呼吸を合わせてくれ!」  荒い息を吐きながら、自分は腹の底から声を張り上げた。  「槍を弾いた瞬間、二人で同時に前に出る! とにかく距離を潰して、敵の盾の内側、懐に入るしかない!」  「わかった!」  メーヴェの短い返答が響いた直後、再び大男の神速の刺突が自分の顔面を抉りにくる。  ギィンッ!!  まともに受ければ後退させられる。自分は大盾を斜めに構え、敵の槍の軌道を強引に横へと逸らした。  (今だ!)  槍が逸れた瞬間に生まれる、コンマ数秒にも満たない一瞬の隙。そこに向け、自分とメーヴェは同時に床を蹴った。  すぐに大男の盾による激しい追撃と牽制が飛んでくるが、怯まずに一歩ずつ、強引に距離を詰める。  敵の長槍の死地となるリーチは、およそ3メートル。  その絶対的な防衛圏を、じりじりと侵略していく。  「ハァッ!」  メーヴェが双剣を回転させ、嵐のような連撃を叩き込む。だが、敵は重い鎧を着ているとは思えない身のこなしで擦り切れたマントを翻し、盾の傾きを微調整して彼女の刃をことごとく弾き返していく。  (呼吸を揃えるんだ。俺とメーヴェで、一つの生き物になるくらいに)  僅かなタイミングのズレが生じれば、すかさずそこに槍をねじ込まれ、再び遠い距離へと突き放されてしまう。  盾で圧力をかけ、その死角からメーヴェが刃を差し込む。メーヴェが引いた瞬間に、剣を振るう。  完璧な連携。それ以外に、この強敵が人生を懸けて築き上げた「長年の修練の賜物」を凌駕し、あの鋼鉄の懐に刃を届かせる方法はなかった。  極限の集中力の中、静まり返ったホールに刃と盾が激突する音だけが、狂おしいほどのリズムで鳴り響き続けていた。