第73話:騙し絵の迷宮と、無機質の擬態獣
どこまでも続く石壁。不可能図形の騙し絵のように、上下が狂って繋がる階段。まるで、狂った画家が描いた一枚の絵画の中を歩かされているような、不気味で奇妙な感覚。
そこへ襲いかかってくるのは、さらに奇妙な敵だった。
「シッ!」
死角から壁と同化して飛びかかってきたそれを、双剣で激しく弾き飛ばす。
ケーブルとブロックが幾重にも重なりあったような、およそ生物とは思えない無機質な物質。それが明確な「敵意」を持って、壁から、天井から、騙し絵の死角から襲いかかってくるのだ。
「これは、確かに面倒っすね!」
デルタが金髪を揺らしながら銃で的確に撃ち落とす。その落ちた残骸を、前衛のジークが大剣で容赦なく叩き潰した。
硬い。異形ゆえに動きも読みづらく、油断すれば一瞬で喉笛を食いちぎられそうだ。空間の捩れだけでも神経を使うのに、読めない相手にまで翻弄される。時には分裂し、時には合体して形を変える異形の敵。
「こいつらは『ミミック』と呼ばれている。硬くて俊敏、何より擬態が上手い。気づけば囲まれていることも珍しくない」
ジークが大剣についた汚れを払いながら、淡々と説明を始めた。
「踏み入れた部屋の床一面が、すべてコイツだったこともある」
「……ゾッとする話ね」
あたしは思わず腕をさすった。
この階層は、一秒たりとも気を抜ける時間がない。騙し絵の歪んだ空間に、騙し討ちの無機質な敵。精神力と集中力がゴリゴリと削られていくのがわかる。
階層の奥にある基盤を操作し、どうにか『天動機』の待つ場所へ戻ってきた頃には、すでに16:00の30分前だった。
「6時間あっても、ギリギリなのね……」
肩で息をしながら呟くあたしに、ジークが天動機の操作盤をいじりながら答える。
「ここは、1階層がまるまる1つのダンジョンだと思ったほうがいい。空間が断絶されている以上、階層を跨ぐたびに常にあらたな空間、あらたな法則になっている」
ジークが操作盤のボタンを押し込んだ。
ガコン、と重い音が鳴り、青い光が天動機を包み込む。
「上昇」
エレベーターが、再び上へと動き出した。
どうやら、西口のツツジたちも無事にこの騙し絵の階層を突破したようだ。