第58話:西の登竜門と、不定形の主
「昔、このエトレインは河川の氾濫が相次ぐ、水害の絶えない街だったらしいわ。そこで当時の領主が大規模な治水工事を行ったの。その一つが、この『エトレイン地下水路』よ」
薄暗い通路の先で蠢く不定形のスライム。その体内に浮かぶ核(コア)を器用に弓で射抜きながら、メーヴェが足をとめることなく説明を続ける。
「河川の水が溢れそうになったら、この地下水路に水が流れ込んで首都への被害を最小限に抑える……もともとはそういう目的で作られたらしいわ。ま、あくまで噂話だけどね。もっとも今は、首都から見て西側に住む冒険者にとっての登竜門ダンジョンになってる。難易度としては、この間攻略した『野獣の森』と同程度ってところね」
「だからこんなに広いんだな。しかしメーヴェさん、随分と首都の歴史に詳しいな」
「これまで、色々なパーティーを渡り歩いてきたからね。それなりに噂話は聞いているわ」
ツツジの感心したような声とメーヴェの軽い返答、そして戦闘音が、広大な地下水路に反響してこだましていた。
道中の魔物も、仕掛けられているトラップも比較的簡単なものが多く、自分とメーヴェで手分けして解除して回ったため、最深部まではあっという間に辿り着いた。
「さて、いよいよ最深部よ。準備はいいかしら?」
メーヴェが、ボス部屋を隔てる巨大な水門に手をかけた。
全員が無言で頷き、武器を構える。
「じゃあ、いきましょうか」
重々しい音を立てて水門が開かれると、ドーム状の巨大な空間が現れた。
その中央に鎮座していたのは、紫色の巨大なスライム。
不定形の魔物。物理攻撃は極めて通りにくく、決定打を与えづらい。ここは、コアを正確に狙い撃てるメーヴェの弓が最大の頼りとなる。
「こいつぁ……厄介な相手だなあ」
ツツジが巨大な戦斧を構えながら、忌々しそうに舌打ちをした。
「攻撃はあたしに任せて大丈夫よ。二人は相手の位置を固定して。縦横無尽に跳ね回られると狙いが定まらなくて厄介だから!」
「わかった」
メーヴェの指示に短く返事をし、自分は盾を構えて地を蹴った。
真正面から突っ込んでヘイト(敵意)を固定する。ツツジも素早く側面へと展開し、巨大なスライムを逃がさないよう囲い込む陣形を組んだ。
『ブシュウゥゥッ!!』
不定形の身体から、貫通力の高い無差別な高圧の水鉄砲が放たれる。
それを避け、あるいは大盾で防ぎながら、とにかく陣形を維持し続ける。自分の背後からは、メーヴェの放つ矢が連続して飛び、正確に紫のスライムのコアを射抜いていく。
(手応えが、全くないな……)
盾で力任せに押し込んでも、ぶよぶよとした体表にめり込むばかり。ツツジが斧で斬りつけても、水のように刃が抜けるだけでダメージを与えている感覚がない。物理職である自分たちにとっては、ヘイトを維持するだけでも一苦労だ。
これが西の登竜門。おそらく、物理特化のパーティーが最も苦手とし、壁にぶつかるダンジョンなのだろう。
だが、焦る必要はない。背後には完璧な射手がおり、的確な回復を飛ばしてくれるヒーラーがいる。
「もう少しよ、そのまま続けて!」
メーヴェの凛とした声が、暗い地下水路に響き渡った。
そして数分後。
核を無数に射抜かれた巨大なスライムは、まるで塩をかけられたナメクジのように急激にしぼみ始め、やがて中心のコアがパキンと小気味良い音を立てて砕け散った。
「お、勝ったのか?」
ツツジが斧を下ろして息を吐く。
「やりましたねー!」
後方からユーが駆け寄り、無邪気に喜んだ。
「おつかれさま」
弓をしまったメーヴェが、涼しい顔で労いの言葉をかける。
エターナルカルテット発足後、初戦となるダンジョン討伐は、こうして危なげなく終了した。