第83話:知識の殿堂と下ろすべき看板
 首都には、古書堂を営み「知識の殿堂」とも称されるギルドがある。『ビブリオ・ビブリア』。若きマスター、ダンケルハイトが率いる知の集団だ。  ジークはうちのギルドへ移籍してくる前、そこで副マスターを務めていたという。彼が移籍を選んだのは、自らの学びと新たな知見を得るためだった。知を愛するダンケルハイトも彼の知識欲に理解を示し、快く送り出したと聞いている。  しかし、わずか数ヶ月で再び顔を合わせることになるとは、お互いに思ってもみなかっただろう。それも、このような診療所の病室で。  マントを翻し、ハットを深く被ったダンケルハイト。ベッドの上で何とか上体を起こすジーク。そして、エターナルカルテットのマスターである自分。  3人が集まった病室には、独特の静かな緊張感が漂っていた。  「何があったかは敢えて聞かないが、知は力だ。まずは無事で何よりだ、ジーク」  「ありがとう、ダンケ」  ジークとダンケルハイトが、固く手を握り合う。そして、ハットの下から覗く知的な瞳が自分へと向けられた。  「初めまして、マスター・ミリ」  彼が差し出してきた手を、自分も握り返した。「初めまして、マスター・ダンケルハイト」。その手は、過酷な迷宮を探索する冒険者のものとは思えないほど、驚くほど華奢で滑らかだった。  挨拶もそこそこに、本題へ入る。  「ジークから多少は聞いているよ。統合を検討しているとね」  ダンケルハイトは静かな口調で、しかし鋭く問いかけてきた。「でも、本当にいいのかい? 君たちのギルドはまだ存続できる。例え、誰かが責任をとったとしてもね」  「考えてくれ、ダンケ」  ジークが拳を強く握りしめ、言葉を絞り出すように言った。  「うちのギルドは『ミリオンダラー』という強大な看板で成り立っている。その看板を下ろしたらどうなる? そして、それを引き起こしたのはオレだ。オレが判断を間違えた。それが原因で、今ギルドマスターが周囲からどんな扱いを受けているのかも、オレは知っているんだ」  彼の痛切な言葉に、自分は何も言い返すことができなかった。  このままギルドマスターとして、冷ややかな視線を浴びながら市場と委員会を行き来する毎日で良いのか。たしかに、今の自分は望んでなった立場ではない。だが、だからといって、このまま全てを捨て去ってしまって本当に良いのだろうか。  自分には、今の事態に対する責任をとる必要がある。だが、それを「ギルドの統合」という形で、ここで決めてしまっていいのだろうか。  「ミリさんは、それでいいのですか?」  ダンケルハイトが、再び静かに自分へと尋ねた。  「……わからない」  正直な思いが口をついて出た。  「メンバーに相談したら、きっと止められると。しかし、メンバーを周囲の冷たい視線から守るためには、今ここで看板を下ろす必要がある。何より……誰かが責任を取らなければいけない。リセットするには、良いタイミングなのかもしれない」  ふぅ、と小さくため息を吐き出す。自分の言葉は、言い訳のようでもあり、決意のようでもあった。  しばらくの沈黙の後、ダンケルハイトは頷いた。  「わかりました。ジークが戻ってくるなら、ウチとしてもありがたい話です。その意思を尊重しましょう。それでは、統合の時期から決めましょうか。何か条件はありますか?」  「全員が回復し、現在携わっている案件を引き継げる状態になってからの統合をお願いしたい。案件の引き継ぎは?」  「ウチで問題ありません。専門職はいませんが、何とかこなすことは可能だと思いますよ。もし難しい場合は、外部への委託も行いましょう」  彼のその言葉を聞いて、自分からふぅ、と深い安堵の息が漏れた。一番の懸念事項がクリアになったことで、肩の荷が少しだけ下りた気がした。  残る課題は、いかにしてメンバーが安心できる状態へ持っていくかだ。  病室での話し合いは、その後も夜通し続き、静かな夜の闇の中で、自分たちは少しずつ、新たな道への形を組み上げていった。